薔薇

 幼い頃の私に与えられていた部屋、それは数年の後には私の両親の寝室になったのだが、いずれにせよ今は存在しないその部屋に、西向きの窓からの明るい夕日がさしこんでいた。それで部屋の中は赤みがかった金色の光に満たされていた。いたるところ黄金で装飾された聖堂の内部を、なにがなし思い起こさせた。そこには誰もいなかった。いかなる物音も聞こえなかった。ただ、橙色に輝く西の空から、陽光とともにかすかな風が吹き込んできていた。
 部屋の床には、おびただしい数の人間の死体が転がっていた。それらのうちのあるものは青みがかった灰色に、あるものは黒ずんだ茶色に、あるものは真っ黒に変色していた。多くはすでに腐乱し、顔面は溶け、人相の見分けがつかなかった。だらしなく手足をのばし、無造作に、折り重なるようにして倒れていた。いずれも全裸かそれに近い姿であったのは、すでに着衣が朽ちてしまったからであろうか。いくつの死体があるのか分からなかった。複数の死体があるというより、唯一の汚物の堆積があるようだった。
 その堆積物の上、十数センチあたりの空中に、ひとりの天使が静かに佇立していた。白い衣に身をつつんだその姿は、まばゆい光の中で、純白の薔薇のように美しかった。若い娘のようでもあり、可憐な少年のようでもあるその天使は、あきらかにこの世のものではない、謎めいた微笑みを浮かべていた。伏した目は足もとの死骸へと向けられていた。天上的な慈悲、深い憐れみをたたえたまなざしのようでもあれば、奇妙な悦楽、残酷な喜びの気配をおびたまなざしのようでもあった。どこかしら、獲物を得た満足感にひたっている若い狩人の表情を思わせた。あるいはまた、あさましい姿をさらしている死者たちに、軽侮のまなざしを投げているかのようにもみえた。いずれでもなく、また、いずれでもあるようだった。そのまなざしの真意ははかりしれなかった。ともあれ死者たちはこの天使のものであった。所有され、支配されていた。これから天国に導かれるにもせよ、あるいは単に朽ち果てるにもせよ、すべてはこの天使の意志に委ねられていた。
 私は死者たちの顔ならぬ顔を眺めた。頭骨に腐肉がへばりついているだけの顔であった。髪は抜け、鼻は溶け、眼窩も口腔もうつろな穴にすぎなかった。だが、それらのうちのひとつは、他と区別できるだけの特徴をまったく失っていたにもかかわらず、たしかに私自身であった。