2011-01-01から1年間の記事一覧

旅人

雪が降っている、こんな真夜中に、窓の外をひとり歩いてゆく者がある。私が彼に目をとめると、彼もこちらを見た。ぼろぼろの衣をまとった、疲れはてた、旅人ではないか。さらに見れば、腕と脚と頭とに、包帯を巻いている。血のにじんだ跡のある包帯は、泥や…

英雄

燃えあがる夏の日、南向きの私の部屋はおそろしく暑く、私は部屋に入るなり窓を開けて、椅子に腰をかけ、風が通うのを待ったけれども、風そのものが燃えていて、いっこうに涼しくならない。暑さにぼんやりとした心が、やがて妙に、うっとりとしてきた。背も…

白昼の光に大伽藍は甍を輝かせ、屋根の下は夜のように暗い。正面の丹塗りの扉を私は叩いた。扉は固く閉ざされたままで、内から微かな音もしない。もし、もしと大声で呼ばわってもみたが、なんの返事もない。困惑して、境内をぐるりと見回してみたが、敷きつ…

騎馬隊

こんなふうに真夜中に起きていて、しかも、理由らしい理由もなしに、感情は荒れている。いつものことだ。そしていつものように、こういうときの気晴らしは、現実から逃避して幻想の世界で遊びまわることだ。幻想の世界で、部屋の窓を開け放つと、窓の外は真…

詩人

月光が少女を照らしている。ほどなく取り壊される予定の、古い木造の体育館の窓辺である。館内の壁際の、さびた鉄の螺旋梯子を上ったところに、大きな窓がずっと並んでおり、それにそって、窓を開閉するためだけの狭い通路、というより足場といった程度のも…

太陽

深夜の私の部屋で、私はひとつのことを、考えるともなしに考えていた。あるいは、夢見ていた。いや、夢のほとりにたたずみ、夢にくるぶしまでをひたしつつも、そこにすっかり身を投じてしまうことはためらわれ、そのためらいについて、考えるともなしに考え…

天童華

もはや生命の尽きかけたようにみえる木が、夜明けとも夕暮れともつかない赤みをおびた空の下に立っている。巨木だが、葉はすでに乏しく、幹にいくつか大きな洞ができて、そこからすでに朽ち始めている。大勢の人々がその木をとりまき、不安そうに見上げてい…

白い蝶

夕暮れの薄明かりのなか、私のすぐそばを、白い蝶が一匹飛んでいった。模様も何もない、ただ真っ白い蝶である。翅の脈に沿って細かに裂けた、ぼろぼろの翅をようやく動かして、私の肩ほどの高さを漂うように飛んでいった。そのさまは、どことなく幽霊じみて…

盛夏

日輪の馬車が空の高みを駆けてゆく、夏である。私は怠惰に地面に横たわり、陽光に肢体が灼かれるに任せている。馬車の蹄にかかって倒れ、立ち上がる気力もなく、このまま朽ちてゆくつもりである。首を廻らしてみれば、土の上には虫けらども、小さなとかげ、…

埋葬

懐かしい高校の校舎である。私がいた頃と何も変わっていない。ただ、誰もいない。静まりかえった廊下に、私の足音ばかりが響いている。どの教室にも人影はなく、整然と並んでいるばかりの机の上を、開け放たれたままの窓から、白いカーテンを揺らしつつ昼下…

私の部屋

琥珀色の薄明かり、これは懐かしいものだ、幼い私の寝床のそばに灯っていた常夜灯の光だ。それがこの暗い部屋に灯っているのだが、この部屋がどこなのか分からない。幼い私の寝室ではない、もっと古い建物の一室、しかし懐かしい。もしかすると覚えていない…