ゆるやかな落下

 何者かが背後から私を拳銃で撃った。それは幸福な夕暮れの出来事であった。なにが幸福であったといえば、ほかならぬその銃撃である。その晴れやかさたるや、私の胸部を貫通した銀の銃弾が、そのまま私の眼前で白い鳩となって、空高く飛び去っていったほどである。要するに、その出来事よりもずっと前に、とっくの昔に私は死んでいて、いかにも奇妙なことではあるけれども、私はながらく死んだまま生きていたのである。私はまことに半端なかたちで生きていたのである。銃弾が、そんな日々にけりをつけてくれる。すべて終わりにしてくれる。致命傷の出血は、瀉血の快さであった。それにしても大した量の出血ではなかったところをみると、やはり私はすでに死んでいたのである。
 黒い鉄の欄干にもたれかかって立っていた私の体は、ゆっくりと欄干の向こう側へ傾き、そのまま頭部を下にして転落した。そして、落下していく速度そのものが、じつにゆっくりしたものであったのである。さきほどまで銃弾であった白い鳩が、すばらしい速さで天翔ってゆくのに比べると、私のほうはといえば、まるで鳩の翼から抜けた羽毛がひらひら舞い落ちてゆくかのようだ。それにまた欄干から地面までの距離が、はて、こんなに遠かっただろうかというほど遠いのである。
 眼下に広がっているのは、鉱山だろうか、木も草も生えていない赤銅色の地面が、巨大なすり鉢のかたちに掘り下げられている。こんな景色ははじめて見る気がするが、さきほどまで私はいったい欄干の上からなにを見ていたのだろう。赤銅色の地面を、さらに夕日が照らし、すり鉢の底までを赤い光で満たしている。眼を凝らすと、私の眼には鳥の視力が宿ったものか、地表まではまだかなりの距離があるにもかかわらず、そこに転がっている小石のひとつひとつをもはっきりと見分けることができる。赤い土のあちらこちらに、なかば埋もれている白いものが見えるのは、細かな粉状に砕けたものも多いけれども、どうやら骨であるらしい。それらのうちの球状のものを頭骨とするならば、大きさからいって人骨ではないか。私のように転落した者たちの骨だろうか、それとも、この鉱山は人骨を産出するのかもしれない。
 すり鉢状の地面の、さらに深いところに、鋼の十字架がひとつ立っていた。乱暴に突き立てられたといったふうに少し傾いて立っていたが、夕日の光を浴びて燦爛と輝いていた。その高さは私の背丈ほど、横木の長さは私が両腕を広げたほどであった。なにも名前が刻んであったわけでも、名札がかかっていたわけでもないが、それは私のための十字架であると私はただちに理解した。いや、なにしろ私のためのものであるからには、私がそれを見てただちにそれと理解するのも当然のことではないか。
 地面から石英質らしき微細な結晶が、ふじつぼのように数知れず十字架に這いのぼり、みっしりとこびりつき、金や銀やにきらきら光っていた。そして、そのあたりの地面はまた格別に赤みが強かったのだが、それは実際にそこが血にまみれていたからであって、同じ血は十字架それ自体にも付着しており、さらに十字架の根元にはいくつかの肉片が転がっていた。それは私の体の一部であるのに違いなかった。私は上空からそれを眺めながら、つい笑い出さずにはいられなかった。ほらごらん、やっぱり私はすでに死んでいたのだ。
 それにしても夕日に輝く十字架は、その周囲に散乱する血や肉片をも含め、たしかに私自身のものではあるけれども、また、いかにも神聖なものに見えたので、私は思わず喜びに手を打ち鳴らし、Sanctus、Sanctus、Sanctusと賛歌を口ずさみながら落下していったことであるよ。