木々が歌う

 夜になると、木々が歌い出す。大通りの街路樹さえも、真夜中ともなれば歌い出す。風に吹かれる枝のざわめき、ではない。風のない夜でも歌うのだから。暗闇の中で、魔のように美しい声で歌うのだが、世の人々の多くがそのことに気付いていないらしいことを、私は不思議に思う。私は私の部屋の窓から夜の景色を眺めている。夜の深みで木々が歌っている。この景色のどこかに、同じ歌を聴いている人がいないものかと思う。おそろしいばかりに美しいこの歌を。誰もいないのだろうか。おおかたの人々がもう眠りについてしまったであろう、この真夜中に、私は孤独なのだろうか。いや、暗闇のどこかに、歌を聴いている誰かがいるに違いない。その人は、自分が孤独であると思っているかもしれない。だが、孤独ではないのだ、私がここにいるのだから。私たちが互いの姿を見ることは決してあるまいけれども、こうして今この時に、この歌をともに聴いているのだから。