白い刃

 不安は突然に、場所を選ばずに訪れる。道を歩いていて突然、不安に襲われることがある。不安の理由、あるいは理由らしい理由のない不安のこともあるが、ともあれ理由とは関係なしに、そんなときには私は、道のいたるところから無数のナイフが私のほうへ向けられているのを見ることがある。もちろんそれが幻影にすぎないことは了解している。それにしても無数のナイフが、路面からも、塀からも、街路樹の幹からも、電信柱からも、天空からも、白々と光る切っ先を一斉に私へ向けているのは、すさまじい眺めである。それらが私の行く手をさえぎり、歩きにくい。もちろんそれらは幻影であるから、刺されたところで痛くも何ともない。構わずにまっすぐ歩いてゆけばいいのだが、まわりの人々には私が普通に歩いているように見えようけれども、私自身はそれなりの悲壮感の中で歩いていることを思うと、歩きながら、私自身が少し滑稽にも思えてくる。