病院にて

 診察室で、医師は心電図のモニタを眺めながら、難しい顔をしている。診察台に横になっていた私は、体のあちこちに貼りつけられた電極をわずらわしく感じながら、起き上がり、医師の背後に立ってモニタをのぞきこむ。医師は私のほうをちらと見て、困った顔つきになり、
「申し上げにくいのですが……」
私は彼が何を言いたいのか、モニタの様子から理解していた。素人にも分かることだ。つとめて気を落ち着けて、
「はい、先生」
と言うと、彼はひどく申し訳なさそうに私に告げた。
「あなたのいるべき場所は、もはや、ここではありません。当院の地下に、霊安室がありますので……」
まあ、そうだろうなと思った。看護婦たちも、ひどく気の毒そうな顔をして私を見つめ、そして無言のまま私の電極をはずしはじめた。とても手ぎわがよい。
 それから彼女たちは私を地下へ案内するために、私と一緒に診察室を出た。すると、すぐ外の廊下の長椅子に、私の家族たちが座っていた。まさかそんな大病だとは思わず、じきに診察が終わるものと疑いもしないで、そこで待っていたのである。
 彼らの青ざめた顔を見ることは、私自身が死亡宣告を受けたことよりもつらかった。彼らのまなざしが、私に何かを問いかけようとしているが、それが言葉になって口から出ないのだ。彼らが説明を求めている事柄について、もしも私のほうから説明してみたところで、彼らはそれを、たとえ頭では理解できても、心では容易に理解できないだろう。彼らの口から、あたかも堰を切ったように、激しい否定の言葉があふれて止まらないかもしれない。私は霊安室に行かなければならない。
 じつのところ心電図を見るまでもなく、前々からうっすらと気付いていたことでもある。自分のことは、自分がもっとも分かっているものだ。私はずいぶん前から、中途半端に死んでいた。いうなれば私は、失敗した死人だった。今度は失敗しないつもりである。
 看護婦たちが歩き出したので、私もついて歩きはじめた。看護婦たちは薄暗い階段を降りてゆく。家族たちは茫然として長椅子の前に立ちつくしたままでいる。彼らも後ほど霊安室に来て、完全な死人になって横たわっている私を見れば、きっと納得してくれるだろう。それこそは私のどんな説明にもまさる、最善の説明であるのに違いない。