秋の野原で

 秋の光のきらめく野原で、孤独な少女が神に出会った。吾亦紅や松虫草を揺らす風のなかに、白くあえかな神の姿がたたずむのを彼女は見た。おぼろな面影が優しく微笑むのを見た。知らない面影、しかし懐かしい面影であった。彼女はそちらへ歩み寄り、しかし、同じ風景のなかにいるにもかかわらず、自分のいる世界と、相手のいる世界とは、大きく隔たった世界であることを感じて立ち止まった。神の白い裳裾は、やわらかに風景を透かしながら、炎のように風に揺れた。立ち止まった少女は、相手の顔を見つめたまま、静かに涙した。そして、
「私はそちらへ参れません」
とつぶやいた。
「私は卑しいものでございます」
それを聞いてなお、神は微笑んでいた。そして言った。
「そのままでよいのです。ただそのままで、あなたは貴いのです。しかし、そのままでよいと聞くと、かえって身構えてしまい、そのままのあなたではなくなってしまう、不憫なあなた。あなたがた人間は常にそうで、何も難しくないことを、とても難しくしてしまいます。みずからを、みずからが定めた規矩に基づいて、裁いてしまうのです。それは往々にして、残酷な裁きであるように私どもには見えます。そこで私は、愛をもって申します、あなたはそのままでよいのです。ですからあなたも、あなた自身を裁くのではなく、愛してください。私が愛するように愛してください」
それを聞いて少女は頬を赤らめた。目を伏せて、声をうわずらせて、
「それは違います。私ではなく、どなたか別の方と間違えておられるのではありませんか。私の心のうちをごらんになれば、その黒さに驚かれることでしょう。どれほどの狡さ、思い上がり、妬み、恨み、怒りが私のうちに渦を巻いていることか。私はいつでも自分のことしか考えていませんが、このような私自身を愛することはできません」
しかしなおも神は言った。
「そのままでよいのです。すべては清いのです。あなたはあなたなりに、精一杯に歩んできました。あなたが挙げたものは、結局のところすべて、生の残酷さがあなたの心につけた傷痕のようなものです。それらの傷痕を、慈しんでください。そして、傷つきながらもひたむきに歩んできたあなた自身を讃えてください」
少女は信じられないといった様子で神の顔を見まもったが、その瞳にはかすかに喜びの光がさしそめていた。しかしまた彼女は言った。
「それでもなお、私はそちらへ参れません。あなたのように、光と風とでできた軽やかな体をしていないからです。私の体は固く、そして重力に縛られています。私がそちらへ参りますには、この体から抜け出さねばならないように思います」
そして彼女は野原を見渡した。深い森に囲まれ、人里を遠く離れて、彼らのほかに誰もいない野原は、澄んだ空の下に広々と広がっている。
「このまま、ここにおりましょうか、もう街へは戻らず、遠い街のほうへ夕日が落ちてゆくのを眺めておりましょうか。夜の野原はどんなに暗いでしょう。食べるものも飲むものもないまま、ここにずっとおりましたら、どうなるでしょう。私を探しにくる者はいないでしょう。もしかしたら野犬が襲いにくることはあるかもしれませんが。私はここで幾度の昼と夜とを眺めることになるのでしょう。死ぬまでに。そうしたら私の魂はあなたのところへ、行けますか」
そう言って、しかし、彼女はかぶりを振った。
「そんな苦しみは、心弱い私には、とても耐えられません。私はきっと、街へ逃げ戻るでしょう。私を待つ者もない街へ」
神はやはり微笑しながら、言った。
「何度でも繰り返し申します。そのままでよいのです。とても簡単なことを、ただ簡単なままに行うことができさえすれば。本当に、本当に、あなたがそのままでありさえすれば。あなたがこちらへ来たいと願う、その願いをみずから否定せず、といって無理に叶えようともせず、ごく自然に、それがそのようになると、ただ単純に信じることができさえすれば」
少女は驚き、また、それこそが最も難しいことではありますまいかと、言おうとして、黙った。そして、その本来の簡単さのままにおのれの心に起こることを、許した。それは誰にでもできることではあるまい。この祝福された少女には、それができたというだけのことである。すると少女の魂は深い歓喜に満ち、白い炎の軽やかさを総身に感じ、そして秋の光にきらめく野原に、彼らの姿はもはや見えなかった。