私の部屋

 琥珀色の薄明かり、これは懐かしいものだ、幼い私の寝床のそばに灯っていた常夜灯の光だ。それがこの暗い部屋に灯っているのだが、この部屋がどこなのか分からない。幼い私の寝室ではない、もっと古い建物の一室、しかし懐かしい。もしかすると覚えていないほど幼い頃にいた部屋ではないか。いや、もしかすると私の生まれる前に、私の両親のどちらかが、あるいはさらにさかのぼった先祖の誰かが、住んでいた部屋であって、私はその頃まだ肉体を持たない魂としてそこを漂っていた、それとも当時の誰かの記憶が、私にかすかに遺伝されたのではないか、などと考えるほどに不思議に懐かしい。
 懐かしいけれども一向に覚えのない部屋で、どこかで窓か扉かのきしむ音がする。古い建物なので——いや、あれは弦楽器の音ではないだろうか。旋律らしいものは聴きとれず、きれぎれに、かすかに響いてくる——私は部屋の窓を見た。カーテンも障子もないガラス窓は、いずれも静かに、真夜中であるらしい深い闇を私に示している。部屋にひとつだけの扉も閉まっている。建物のどこかで、かすかに、しかし重くきしんでいる、あれはチェロの音ではないだろうか。
 その深い、暗い響きが、あたかも私自身の心の深みから響いてくるもののように感じられる。心の深みに沈んだきりの、遠い記憶のなかで、私はあれを聴いたことがなかったろうか。何も思い出すことはできず、ただ限りない過去の闇へと私を引き込むかのような音。
 引き込むのだろう、闇のなかへ、いったいこの薄明かりがいつまで灯っているのか分からない、いつのまに私がここへ来たのか分からないように、いつのまにか私は闇に溶けてしまうのではないか。闇に溶けた私は、もはや私ではないのだろうか、それとも闇が私になるのだろうか。しかしまた、薄明かりは消えないかもしれない。ならば私はいつまでこの薄明かりのなかにいるのだろう。いつまでも、とはいえ、はるかな過去がこの現在と分かちがたく混じりだして、私にはもう、時間というものがよく分からない。ならば永遠にここにいるのだとしても、苦痛は感じないのかもしれない。
 いずれにしても、悪いようにはならないという予感はある。むしろ、今となっては、遠くもない過去の記憶が、つまりここへ来る直前にいたはずの世界の記憶が、はっきりと残っているその思い出こそが、胸を切り裂くほどの懐かしみとして、感傷として、私を苦しめる。忘れたい。
 どうやってここへ来たか覚えていない私は、もう、あそこへ戻ることはできないのだ。残してきた人々の、懐かしい笑顔の残像が、また彼らが私を失ったことを悲しむ姿の幻像が、私の前に去来する。すると私は、どうしても戻りたくなる。戻る術のないことが、焼けつくような苦しみを私に与える。なぜこんなところに来てしまったのだろう、なぜ私が、あの人々とともにある日々の幸福を突然奪われねばならなかったのだろう。なぜこの私が、なんの悪事を働いたわけでもない私が——。
 どうか、私の愛する人々よ、私のことで悲しまないで。私は必ずしも不幸ではないのだから。今の私がいるところ、あなた方はそれを墓と呼ぶかもしれないけれど、これは私の部屋、私のためにこそ用意された部屋であって、永遠に太陽の昇ることはあるまいけれども、闇のなかで、地の底の底で、永遠に快い夢を見ていることもできようかと思う。どうか私のことは忘れてください。あるいは思い出すのなら、どうか私がこのようにしてあることを、私の幸福を思い出してください。そしてあなた方も、明るい太陽の光の下で、幸福であってください。