騎馬隊

 こんなふうに真夜中に起きていて、しかも、理由らしい理由もなしに、感情は荒れている。いつものことだ。そしていつものように、こういうときの気晴らしは、現実から逃避して幻想の世界で遊びまわることだ。幻想の世界で、部屋の窓を開け放つと、窓の外は真夜中の嵐だ。荒れ狂う空の下、いくつもの火の玉が、あかあかと燃え輝きながら翔り飛ぶ。人魂だ。私のような者たちの魂が、どこへやら、飛んでゆく。私は――ところで、この世界では性別というものがごく曖昧になる。どちらだっていいのだ、気分次第で。そこで私は、むしろ僕と自分を呼びたい。僕は人魂になって彼らを追い、追いつき、追い抜いた。そこで彼らは少しばかり僕を尊敬したようだ。僕らは仲間になり、しかも僕が彼らを先導するかたちになった。
 我らは浅ましい人魂の身ではあるが、気分は天翔る騎馬隊である。大得意で雲を踏んで走りまわり、しかも我々には行くあてがない。結局のところ、空虚で、救いを求めているのだ。
 すると僕たちは、はるか眼下に、古い立派な屋敷を見つけた。その高窓にたたずんでいるのは、天使のように美しいひとりの乙女だ。生きてはいるのだが、なかばは霊のように、透きとおるように白い肌と、細い肢体。僕らは声をかけてみた。怖れるでない、乙女よ、我らは天の騎士である。言葉を交わすうちに、哀れ、彼女が幽閉の身であることが分かった。ところが彼女も僕たちを哀れんでいることが、ほどなく知れた。天使の瞳で僕たちの素性を見抜いたのだ。一同恥じ入り、身にまとった火も消え入らんばかりであった。すると彼女は祈りはじめた、僕らのために。虐げられ、すべてを奪われ、諦め、そのために世の一切の穢れに染まず、かぎりなく無垢な者となった乙女の、優しさのみからなる祈りである。
 我々のうちから荒ぶる心が消えていった。僕はもう飛ぼうとは思わなかった。我々は墜落した。それは快いことであった。あたかも花がその生命を終えておのずと散ってゆくようだった。僕らは彼女の下に散り、彼女の足下に死ぬ。――だが、彼女はどうなるのだろう。我々は救われても――。
 僕らは燃えながら散り落ちる。あかあかと燃えながら。炎は屋敷の壁を這いのぼり、床に広がり、柱にからみ、悪逆の輩を焼き滅ぼして、一切が燃え上がる。すでにほとんど霊そのものであった乙女は、いかなる苦痛もなく、軽やかにこの世を離れてゆく。透きとおる彼女の体が純白の翼を得たのを、僕は見届けた。彼女は天へ舞い上がる。かつて彼女を苦しめた諸々の邪悪とともに、僕は地上に燃え尽きる。
 そこで僕は――私は自分の部屋でぼんやり座っている私自身に気づく。何も起こってはいなかったのだ。窓の外に風の音さえもない。いつも、こんな調子だ。現実に戻ってきたというより、幻想の世界から追放されたようだ。善きものの大半は向こうの世界に置いてきてしまった。とはいえ、なかなか気の効いた暇つぶしではないか、というご意見もあるだろうか。たしかにそうかもしれない。けれども私はときどき思うのだ。どうして、生きているんだろう?